Everyday I Have The Blues

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Boys On Air

30日までの期間限定ですか。あ、そですか。
んー、厳しいと思うよね。無料じゃないわけでしょ?
個人的な知り合いであれば別だけど、初対面のちょっと見だとすれば・・・私が女性だとしてドナしたくなる男性はほとんど居ないです。

私がチャボやったら(その気はありませんが)ドナしてくれる女性いるのかな。ネカマにからかわれるのがオチかぁ?
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by junec1 | 2004-11-26 20:21 | ライブチャット

The Good Degree Test Of Woman

恋愛頭脳恋愛成績表に続く「いい女」度テスト
「オヤジ」度テスト「バラ色の人生」度テストというのも発見。
いずれも1ヶ月ごとに設問内容が更新されるので飽きずに楽しめます。暇つぶしにお試しを。
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by junec1 | 2004-11-25 16:34

VOW WOW (12) 解散その2

改めて「キラリ熱熱クラブ」観たんですけど、やはりつまらなかったです。イギリス時代の曲(NEIL MURRAYがレコーディングに参加したTELL ME含む)はともかく、SPEEDとかMOVE TO THE MUSICなんてVOW WOWのやるべき曲じゃないですよ。「夜のヒットスタジオ」でプレイしたSO FAR, SO GOODも同様。なんだ、この当たり前の平均的アメリカン・ロックは!人見元基が歌ってなかったらクソみたいなもので・・・・・、と超極私的な意見表明から始めます(笑)

5月28日に武道館でたった1度の日本公演。この公演もコンプリートではありませんがビデオ化LD化されています。そして、この公演以後再び彼らは沈黙します。
アメリカでの本格的活動開始のはずなのに。
アルバムのリリース、レーベル契約が難航していたものと思われます。日本人であることもかなりの足かせになったといいます。イギリスでは「日本人のハードロック?面白そうじゃないか。」でも、アメリカではそうはいかなかった。私、アメリカのマーケットを意識してレコーディングしたばかりに裏目に出たと信じて疑いません。彼らの良さが消えてしまってますから。
意識したにも関わらずブリティッシュ臭さは抜けず、アメリカのレコード会社に売れるアルバムと判断されなかった。それどころか、それまでのVOW WOWを評価していた第二のお里であるイギリスでさえ『MOUNTAIN TOP』はリリースされず。

周囲の評価はどうであれ、出来上がったアルバムに自分たちが自信を持っていて、LAでのライヴ活動がイギリス同様に行えたのであれば(結局渡米後1本もやっていません)解散はもう少しあとだったんだろうと思います。たとえアメリカでのリリースがうまくいかなくても。
または、アメリカでのリリースが決まりさえすれば、たとえアルバムの方向性や出来に満足していなかったとしても、メンバーから解散の声があがることはなかったでしょう。
彼らの内と外で八方ふさがりの状態。それが5月28日以降の沈黙だったんだろうと・・・。

b0028912_22192088.jpgアメリカという選択にしてもBOB EZRINという選択にしても、この時期のバンド内主導権は間違いなく山本恭司にあったんだろうと思われます。
イギリス時代もそうではあったんでしょうが、人見元基のヴォーカルと厚見玲衣のドラマチック・キーボードにかなりの部分で譲歩していました。渡英後彼のギター・プレイが叙情的な方向に変化して、美しいメロディ・ラインを奏でるようになったのもこうしたことからでしょう(彼自身にとってはイギリス向けのスタイルをとっただけのことかもしれませんが)。
VOW WOW解散後のWILD FLAGや現BOWWOWを聴く限り、彼の本来好きなプレイはワイルドなアメリカン・ハード。全キャリアを通してみれば、むしろVOW WOW時代の方が異色です。
バンドが渡米することに最も積極的だったでしょうし、最も夢を描けるのも彼だったんでしょう。商業的成功とかに最も野心があったのも彼。というか、彼にとってはBOW WOW結成当時からそうした成功を意識することが当たり前だったわけですから。
悪い言い方をすれば、成功するためには変節をもいとわない山本恭司。日本語のポップ路線もやったしイギリス向けのサウンド・プロダクションも、そしてまたアメリカへ。彼にとってはすべて自然な流れだったんでしょうが、他のメンバーとの温度差は少なからずあったことでしょう。
「夜のヒットスタジオ」で司会者が「へヴィメタの・・・・・。」と紹介した時、人見元基が「せめてハード・ロックと言って欲しい。」と遠慮がちに発言したことがありました。しかしながら、恐らく山本恭司はどう呼ばれようと成功すれば許せたんではないかと。

10月、沈黙を守っていた彼らからマスコミ向けに1本のFAX。・・・解散・・・

さて、次回はその後のVOW WOW。
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by junec1 | 2004-11-24 22:24 | 音楽・VOW WOW

Illegal Software

総額30万円を軽く超えると思われるソフト数種類。あまりにも簡単に入手。
そのうちの一つはDVDコピーに必要なツールをあちこちから集めてあって、1枚のCDに “これでもか”とばかりに詰め込んであります。ちょっと勉強して扱いに慣れれば、誰でもコピーできるようになりそう(めんどくさいので私は使いませんけど)。
その他のソフト名は出せません。あぶない、あぶない。やばい、やばい。
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by junec1 | 2004-11-23 19:41 | コンピュータ

Affinity Diagnosis

恋愛頭脳恋愛成績表
URLから判断して同じ運営者なんだろう。恋愛成績表の方が辛口。皮肉交じりの結果が現れて面白い。
占いの類はでぇ嫌いな私だが、これって占いじゃなくて相性診断だから楽しめた。

ある女性と  相性レベルは 最高 です( 相性 100 % )  と出てしまった。
・・・・・当惑。
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by junec1 | 2004-11-20 13:43

VOW WOW (11) 解散その1

3月21日の川崎クラブチッタ公演。3月28日放送のテレビ番組「キラリ熱熱クラブ」用の公開ライヴです。
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『MOUNTAIN TOP』リリース直前の不安は的中でしたね。
新曲に魅力的なものがなく、どれもこれもパッとしない。煮え切らないんです。やはりLAで録音しただけあって、今までとはどこか違う。曲調もアレンジも軽い。それまでの荘厳さはどこへやら。それならそれで完璧にアメリカンかと言うとそうでもなくて、イギリス時代の尻尾もちらほらと(当たり前ですね。人見元基と厚見玲衣がいる限り)。どっちつかずなんです。まさしくブリティッシュ・バンドが柄にもないアメリカン・ロックやってる感じ。
ベースのMARK D. GOULDもなんとか映ろうと目線がテレビ・カメラ追いますからね。それで他のメンバーのステージング邪魔するようじゃしようがねぇだろ。とんでもないナルシスト。ホントに200人もオーディションしたのかよ。別にこいつじゃなくてもいいだろう。・・・っていう音楽始めちゃったVOW WOWなわけです。

確かに前作『VIBe』でやり過ぎたというか、あそこまで立派な作品作っちゃうとこの先・・・っていう気持ちがメンバー(特に山本恭司)にあったのかもしれません。でもだからって今更アメリカン・ロック風味でもないでしょう。彼らはMOTLEY CRUEやKISSやVAN HALENになどならなくたっていいのです。彼らが目指すべきポジションは、音楽の方向性こそ違えQUEENのようなものではなかったかと。どう聴いてもブリティッシュ。それでいてワールドワイドという、あの感じ。

「キラリ熱熱クラブ」の中のインタビューで山本恭司が「出来上がった『MOUNTAIN TOP』にアメリカのレコード会社から色々オファーが来ていて、今、弁護士と・・・」と語っていますが、それもどうだかなぁ。BOB EZRINという大物プロデューサーがついていても、結局このアルバムはアメリカのレコード会社からリリースされませんでした。
通常向こうで言うプロデュースは、日本で想像するのとは違い、セールス面をも含む仕事。・・・とすると、BOB EZRINの肝煎りであったとするなら、普通に考えてどこかのレコード会社とは契約できるはず。つまり、BOB EZRINはあくまで『MOUNTAIN TOP』のサウンド・プロダクションのみを引き受けたんだろうと想像できるわけです。あの山下達郎(だったと思う)もアメリカ人プロデューサーに「(アメリカ国内での)セールスのことは勘弁してくれ。責任持てない。」と言われ、「いや、サウンド面だけでいい。」と答えたことがあるそう。だとするなら、これって日本のミュージシャンの海外録音によくある話で、たとえBOB EZRINだろうが誰だろうが珍しくも有り難くもない。

アメリカのレコード会社がどこも引き受けてくれない。これがバンド解散の最も大きな引き金だったんだろうと思います。

さて、次回は最後のコンサートを終え解散に至るまでを勝手に推察。
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by junec1 | 2004-11-19 13:28 | 音楽・VOW WOW

Birthday 2

年齢忘れている自分に気付くことありませんか?
えーと 今年で幾つだっけかな ・・・っていう風に。
これって 老けたっちゅうことなのか。 
それとも まるで意識しとらんお気楽モード っつうことなのか。
うーむ、・・・・・一年の中で一番意識するのがこの日ですな。

オーッシャァ ~~!!
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by junec1 | 2004-11-18 15:07 | 自分のこと

VOW WOW (10) BOB EZRIN

アメリカに渡った彼らは、イギリスにおいてそうであったようにLAに居を構えることになります。日本から通うのではなく、実際に住んでしまうわけですが・・・・。
初めから無理があります。だってLAですよ。彼らのサウンドのどこにカリフォルニアの青い空があります?確かに当時はLAメタルとかがまだ賑やかな頃で、ハード・ロックならLAということだったんでしょう。それにしたってLAといえば、あのMOTLEY CRUEやRATTですよ。脳味噌筋肉の肉食サウンド!
ハードでありながら緻密に構築されたドラマチック・ロックであるVOW WOW・・・LAじゃ異端でしょう。LOUDNESSじゃないんだから。

アメリカに渡ってすぐの11月、やっと新ベーシストが決定します。MARK D. GOULD。無名の新人です。VOW WOW解散後は名前を聞きません。ネットで検索して何もヒットしないところを見ると、その後プレイヤーとしては成功しなかったんでしょう。VOW WOWが見込むだけの腕があったんでしょうに。

b0028912_18221445.jpg早速新メンバーと共に11月から1990年2月まで新アルバムのレコーディング。山本恭司によれば先にエンジニアが決まったそうで、そのエンジニアの伝で大物プロデューサー BOB EZRINと知り合ったんだとか。VOW WOWのビデオなどを見せたところ、大変気に入ってくれてプロデュースを引き受けてくれたんだそう。
うーむ。大物の売れっ子プロデューサーがたまたまオフだったとするなら、かなりラッキー。しかも渡米してわずか1ヶ月後にレコーディングが始まっていることを考えると・・・、日本を発つときからプロデューサー決まっていたと考える私は純じゃなさ過ぎます?

b0028912_1462725.jpgBOB EZRINといえば、KISS, AEROSMITH, ALICE KOOPER, PINK FLOYD, PETER GABRIEL, LOU REED, KULA SHAKER. NINE INCH NAILSなどなど蒼々たるミュージャンをプロデュースしてきた人。山本恭司が「僕のヒーローだったプロデューサー」というのもなるほどなんですが。
でもねぇ、この蒼々たるメンツとVOW WOWがどうしても結びつかないんですよ、私の頭の中で。いや、山本恭司だけならわかるんです。KISSやVAN HALENが好みらしい彼のことですから。彼のソロやBOW WOWを聴けばBOB EZRINもなるほど、なんです。でもVOW WOWとなると・・・。違うだろうって思いません?
イギリス時代のシングルDON'T LEAVE ME NOWのときはプロデューサーにJOHN WETTON。これは大成功だったんですけどねぇ。

さて、出来上がったアルバムが『MOUNTAIN TOP』。
そして、凱旋帰国。武道館でコンサートかました勢いでアメリカでも・・・となるはずだったんですが、・・・この続きは次回。
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by junec1 | 2004-11-17 17:36 | 音楽・VOW WOW

VOW WOW (9) 起死回生目指してアメリカへ

b0028912_18452563.jpg1989年5月にNEIL MURRAYが脱退して以降、10月に渡米するまでの5ヶ月間に何があったのかについては詳しくありません。ほとんどインフォのない状態が続いていました。
その後、山本恭司がインタビューにおいて「日本人も含めると200人ぐらいベーシストのオーディションやった。」と言っているので、イギリスと日本双方で、ということなんでしょう。技量と共に“見た目”を意識するバンドでしたからね。ま、なかなか難しかったろうと。

彼らは確かにイギリスにおいてある程度の評価と成果を収めていました。しかし、それはNEIL MURRAYの存在あってこそ。ファンはともかく、少なくともレコード会社やプロモーターにとっては・・・です。その“売り”がなくなってしまったバンドは魅力半減。音楽的にどうこうより商売としての旨みがない。急遽イギリス人のサポート・ミュージシャンを加えてみる手もあったと思いますが、それでも大した仕事はなかったでしょうね、あっと驚くようなベーシストでもない限り。
そもそも彼らがたった1年4ヶ月の間にイギリス・ミュージシャン・ユニオンに加入できたのも、NEIL MURRAYの存在が大きな力となっていたわけですし。

この非常事態を指して「居場所がなくなりイギリスを追われるように」と揶揄する人もいますが、とにもかくにも彼らは渡米を決意します。新ベーシスト決定を待たずに。
山本恭司はこの時のことを「アメリカ、イコール世界みたいなとこがあって。自分たちもそろそろいいんじゃないかって。機は熟したろうと・・・。」と言っていますが、本心であったとすれば大きな判断ミスであったろうと思います。イギリスにおいて3,000人クラスのホールを常時満杯にできてこそ機が熟したと言えるはずで、当時の彼らはまだまだでしたから。あの程度の成功ではアメリカ人に鼻も引っ掛けられないのは目に見えていました。時間をかけてイギリスでもっとビッグになるべきだったろうと。彼らの音楽がアメリカ人のリスナーに受けるものとも思えませんでしたし。

さて、次回は渡米後の VOW WOW の予定。
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by junec1 | 2004-11-15 18:47 | 音楽・VOW WOW

DVD RIPPING (7)

日本のDVDソフトがリージョン2仕様である以上、日本の電気店で通常売られているDVDプレーヤーも当然リージョン2仕様。「リージョン・フリーのプレーヤーが欲しい。」と店員に言っても、「何ですか、それ?」と言われるか、「当店では入荷できません。」と断られるのがオチ。ま、日陰の存在なわけです。

とは言っても、ブランド・メーカーであるパイオニアやビクターもこのリージョン・フリー機を作っています。海外向けに、ですが。やはり画質の面でノンブランドより優れていますし、機種によってはDVDオーディオやSACDに対応しているものもあり、魅力的ではあります。
ただ、ブランド品はやはりそれなりに高めの価格設定です。そして、これらのメーカーの機種はリージョン切り替えが自動になっているものが多いのも難点です。
自動切換え機種では再生できないソフトが(数は少ないですが)幾つか存在します(PCで観るのであればDVD Region+CSS Freeの使用でこれらのソフトも鑑賞できます)。ソフト・メーカーもこれらのプレーヤーに対抗する手段として、リージョン0機種を拒否するソフトを作っているためです。この解決手段としてはリージョン切り替え手動機種ということになります。もしくは自動と手動の両方可能な機種。それぞれのソフトに対応するリージョンを手動でプレーヤー上に設定するわけです。ビクターからは2機種ほど自動/手動切り替え機が出ていますので、検討の価値があるかと思います。
パイオニアの難点はPALからNTSCに変換する機能を内蔵していない機種が多いことでしょうか。ビクターが全機種採用であるのに比べて、パイオニアは3機種のみ。それ以外のパイオニア品は昨日書いたTV映像方式変換コンバーターが必要になります。

このほかに良く知られたブランドとしてはマランツやサンヨーからもこの手のリージョン・フリー機が出ていて、マランツはなかなかの人気です。

一方、韓国や中国製のノンブランド機が多数存在しています。とにかく安いです。
そして、機能面でもかなりユニークです。
ネットからタウンロードした動画を家庭のテレビで観られるDivX対応であったり、WMV(Windows Media Video)対応、WMV HD対応(垂直解像度最大1080、PCに記録されたフルハイビジョンレベルの映像を再現。)、無線LAN対応などなど。
もはや機能面ではブランド機を凌駕し、DVDプレーヤーの枠さえ超えています。
これらの機種もリージョン・フリー機と謳って売られているわけではありません。購入後、リモコンを使いプレーヤー本体にコマンドを入力することでリージョン・フリー化されます。機種によってはマクロビジョン・フリー化できる機種もあります(つまりソフトのコピーが可能になるわけです)。
これらノンブランド機の弱点としては、画質とサポート及びサービス体制の弱さが挙げられるでしょうか。ただ価格的に安いものが多いので、サブの機種として使いつぶす感覚で買い換えることができるかも知れません。

以上のDVDプレーヤーはどこで買えるのか・・・・・。検索エンジンに『DVD リージョン フリー プレーヤー』と入力すれば幾つか引っ掛かってくるはずです。
リージョン・フリーのコマンドはどこで調べれば・・・・・。『海外DVDソフト』で調べてみてください。

さて、次回は待望(?)の VOW WOW (9)。
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by junec1 | 2004-11-14 16:04 | コンピュータ