Everyday I Have The Blues

VOW WOW (10) BOB EZRIN

アメリカに渡った彼らは、イギリスにおいてそうであったようにLAに居を構えることになります。日本から通うのではなく、実際に住んでしまうわけですが・・・・。
初めから無理があります。だってLAですよ。彼らのサウンドのどこにカリフォルニアの青い空があります?確かに当時はLAメタルとかがまだ賑やかな頃で、ハード・ロックならLAということだったんでしょう。それにしたってLAといえば、あのMOTLEY CRUEやRATTですよ。脳味噌筋肉の肉食サウンド!
ハードでありながら緻密に構築されたドラマチック・ロックであるVOW WOW・・・LAじゃ異端でしょう。LOUDNESSじゃないんだから。

アメリカに渡ってすぐの11月、やっと新ベーシストが決定します。MARK D. GOULD。無名の新人です。VOW WOW解散後は名前を聞きません。ネットで検索して何もヒットしないところを見ると、その後プレイヤーとしては成功しなかったんでしょう。VOW WOWが見込むだけの腕があったんでしょうに。

b0028912_18221445.jpg早速新メンバーと共に11月から1990年2月まで新アルバムのレコーディング。山本恭司によれば先にエンジニアが決まったそうで、そのエンジニアの伝で大物プロデューサー BOB EZRINと知り合ったんだとか。VOW WOWのビデオなどを見せたところ、大変気に入ってくれてプロデュースを引き受けてくれたんだそう。
うーむ。大物の売れっ子プロデューサーがたまたまオフだったとするなら、かなりラッキー。しかも渡米してわずか1ヶ月後にレコーディングが始まっていることを考えると・・・、日本を発つときからプロデューサー決まっていたと考える私は純じゃなさ過ぎます?

b0028912_1462725.jpgBOB EZRINといえば、KISS, AEROSMITH, ALICE KOOPER, PINK FLOYD, PETER GABRIEL, LOU REED, KULA SHAKER. NINE INCH NAILSなどなど蒼々たるミュージャンをプロデュースしてきた人。山本恭司が「僕のヒーローだったプロデューサー」というのもなるほどなんですが。
でもねぇ、この蒼々たるメンツとVOW WOWがどうしても結びつかないんですよ、私の頭の中で。いや、山本恭司だけならわかるんです。KISSやVAN HALENが好みらしい彼のことですから。彼のソロやBOW WOWを聴けばBOB EZRINもなるほど、なんです。でもVOW WOWとなると・・・。違うだろうって思いません?
イギリス時代のシングルDON'T LEAVE ME NOWのときはプロデューサーにJOHN WETTON。これは大成功だったんですけどねぇ。

さて、出来上がったアルバムが『MOUNTAIN TOP』。
そして、凱旋帰国。武道館でコンサートかました勢いでアメリカでも・・・となるはずだったんですが、・・・この続きは次回。
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by junec1 | 2004-11-17 17:36 | 音楽・VOW WOW | Trackback | Comments(0)
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